猫の血栓症

猫の心筋症の有名な合併症の一つである血栓症について説明します。

結論

先に結論をまとめると

  • 血栓症とは、血液のかたまりが血管に詰まる病気
  • 心臓病による血液の渋滞などで起こる
  • 症状は後ろ足の麻痺が多い
  • 心筋症の猫が血栓症になる確率は約10%
  • 生存期間は個体差が大きく、数日から数年まで幅がある
  • 診断は症状やエコーを中心にするが、幅広い検査が必要になることも
  • 治療より予防が主体。血液がかたまりにくくなる薬を使う
  • 飼い主的にはいつもどおりの生活を

となります。
以下、順番に解説していきます。

猫の血栓症とは?

どんな病気か

猫の血栓症は、正式には「動脈血栓塞栓症(どうみゃくけっせんそくせんしょう)」といいます。

この病名を分解してみると、

  • 動脈 → 動脈(心臓から全身に向かう血管)
  • 血栓 → 血液のかたまり
  • 塞栓 → 詰まってふさぐこと
  • 症 → 病気

となります。
つまり、心筋症の影響で血液がかたまり血栓ができてしまい、それが体のいろんな場所の血管をふさいでしまう病気です。

血栓が詰まりやすい場所

心筋症によってできた血栓が詰まりやすい血管は、主に以下の場所です。

  • 手足(正確には前後ともに足ですが…)
  • 腎臓
  • 心臓

特に多いのが後ろ足の血管です。

この理由を理解するには、猫の血管がどういう風に身体の中を走っているかという解剖の知識が必要です。
簡単にいうと、心臓から出た大きな血管(大動脈)はお腹の中をまっすぐ尻尾の方に向かい、最後に、右足・左足・尻尾と3方向へ分かれます。この分岐点で血栓が詰まりやすいので、猫の血栓症の症状は両足絡みのものが多くなります。

なぜ血栓ができるのか?

血栓ができる3つの仕組み

心筋症の猫で血栓ができやすくなる理由は、主に以下の3つが関わっていると言われています。

  1. 心臓病による血液の渋滞
  2. 血液が触れる心臓や血管の壁の変化
  3. 血液自体のかたまりやすさの変化

1. 心臓病による血液の渋滞

心筋症になると心臓のポンプ機能が落ちるため、血液の流れが悪くなります。
血液は流れているときは固まりにくいですが、流れが悪くなったり停滞したりすると固まりやすくなる性質があります。

2. 血液が触れる心臓や血管の壁の変化

ふだん、健康な心臓や血管を血液が流れても、血栓ができることはありません。
しかし、血液が触れる心臓や血管の壁が傷ついたり変化したりすると、その触れた部分から血液が固まりやすくなってしまいます。

3. 血液自体のかたまりやすさの変化

ちょっと難しいのであえてぼやかして説明しますが、心臓病になると、血液が固まるのに関わっているいろんな成分のバランスが変わり、血液が固まりやすい状態になることがあります。

「血栓=すべて心筋症」ではない

注意が必要なのは、血栓は心筋症以外の要因でも作られるという点です。

例えば、血液の病気、ホルモンの病気、腫瘍、感染症、免疫の病気、ケガなど、さまざまな要因で血栓ができることがあります。

かかりつけの獣医さんはその点を考慮して診てくださるとは思いますが、心臓病の猫と暮らす飼い主はついつい、愛猫に起こるすべてのことを心臓病と結びつけて考えてしまいがちですので、早とちりにならないよう注意してください。

飼い主のせいではありません

残念ながら、血栓症を完全に防ぐ方法は今のところありません。

そもそも、血栓症の原因となる心筋症自体の発症や進行を防ぐことが簡単ではありませんし、後述する予防薬を使っていても、血栓症の可能性をゼロにすることはできないのが現実です。

真面目な飼い主さんの中には、「自分の飼い方が間違っていたのでは…」「血栓を防ぐ方法があったのでは…」と嘆く人もいます。悲しい事態なのは間違いないでしょうが、飼い主の飼い方でそうなったわけではないので、必要以上に自分を責めないようにしてくださいね。

血栓症の症状

血栓症の症状は、どこの血管、どんな形で詰まるのかによって変わってきます。

どの血管が詰まるのか?

猫の血栓症の大半は、足、とくに後ろ足の血管で起こります。
ある研究では、両後ろ足に症状が出た猫は全体の約70%を占めていたと報告されているほどです(出典)。

足以外では、心臓、腎臓、脳などの血管に詰まることがあります。

後ろ足の症状

最も多い、後ろ足の血管が詰まった場合は

  • 痛がる
  • 足の麻痺
  • 足の組織への影響

という流れで病状が進行していきます。
ただし、必ず進行するわけではなく、程度が軽いままでおさまったり、途中から回復してくるパターンもありますので、あくまで「進行するなら」という話と考えてください。

痛がる

血栓が足の血管に詰まった直後は、足を痛がります。
このときに足を触ると、猫は痛くて鳴いたり怒ったりしますが、このタイミングで猫の異常に気がつくパターンは実は少なく、次の麻痺の段階で気づかれることの方が多いです。

足の麻痺

時間が経つと、血栓が詰まった足の感覚が無くなっていきます。痛みは感じなくなりますが、立ち方や歩き方がおかしくなります。また、血が通っていないので、足の血色が悪くなったり、足先が冷たく感じられることもあります。
飼い主さんの視点からは、「昨日まで普通だったのに、急に後ろ足を引きずって歩くようになった」という認識になりがちなパターンです。

足の組織への影響

足への血流が長期間途絶える(or かなり少なくなる)と、足の組織への影響が大きくなってきます。
多数派ではありませんが、ひどい場合には、血栓が詰まった先から足が腐ってしまうこともあります。

その他の症状

血栓は後ろ足以外の血管にも詰まる可能性があるため、

  • 腕(前足)が動かなくなる
  • 元気・食欲がなくなる
  • 呼吸が荒くなる
  • 突然倒れる・死亡する

など、さまざまな変化がみられることもあります。

「突然」がキーワード

猫の血栓症の症状は、血栓が血管を塞ぐことで出てきます。
言い換えれば、血栓ができていても、血管を塞がなければ症状は出ません。

典型的なのが、心臓の中にできた血栓があるとき血流に乗って飛んでいき、どこかの血管に詰まる形なので、症状は突然出てくるパターンが一般的です。
飼い主さん的には「ちょっと前まで元気だったのに」となりがちで、とまどうケースが多くなると思います。

回復することもある

血栓症の病状は、どこの血管が、どのように詰まるかで大きく変わります。

中には、

  • 血栓が中途半端に血管を塞ぎ、血流が減ったものの続いている
  • そのうちに他の場所から新しい血管が伸びてくる
  • 詰まっていた血栓も、身体の仕組みで少しずつ溶かされる

のように血流が回復してくるパターンもありますので、一度血栓症になったからといって完全に諦めてしまう必要はありません。
「回復してくる場合、どれくらいの時間がかかりますか?」という質問ももらいますが、ケースバイケースです。3〜4ヶ月かけて徐々に回復してきた例もあります。

一方、幸いなことに回復したとしても、血栓症を起こすくらい進行した心筋症が背景に残ることは変わりないので、再発のリスクは残るのがつらいところです。

血栓塞栓症になったらどれくらい生きる?

血栓症になった猫の生存期間は、個体差が非常に大きく、幅があります。

ある研究では、血栓症になった猫の生存期間の中央値は184日(約6ヶ月)でした(出典)。

この数字を短いとみるか、長いとみるかは人それぞれですが、注目すべきはその範囲の広さで、2〜2278日となっています。
中央値が約6ヶ月というデータは、全ての猫がそこでお別れすることを意味しません。2日でお別れしてしまうような子もいれば、6年以上も生きる子もいるということです。

大切な愛猫の余命が気になる気持ちはよく理解できますが、結局のところ、本当のところは「神のみぞ知る」です。
あくまで参考程度に考えられることをおすすめします。

血栓塞栓症になる確率は?

心筋症の猫や健康な猫を10年間追跡調査した研究によると、血栓症の発症率は

  • 心筋症の猫 約10%
  • 心筋症ではない猫 1%未満

と報告されています(出典)。

この数値からわかるように、確かに心筋症になると血栓症のリスクがグンと上がります。
ただし、そのグンと上がった状態でも、10年間で約10%です。
この10%を高いとみるか、低いとみるかに正解はありませんが、「心筋症=必ず血栓症」ではなく、むしろ心筋症でも血栓症にならない方が多数派だというのは知っておいても良いと思います。

さらに付け加えるなら、心筋症の進行度によっても、血栓症のリスクは変わってきます。
簡単にいえば、心筋症が重度になるほどリスクは高くなってきますので、まずは正確な診断が重要になると言えるでしょう。

猫の血栓症の診断

猫の血栓症をきちんと診断するのは、実はそう簡単ではありません。
いろいろな情報から、総合的に判断するしかないこともしばしばです。
もちろん、診断は獣医師の仕事なのでお任せすれば良いですが、概要を知っておくことは有益かと思うので少し解説します。

症状の確認

猫の血栓症の診断にあたっては、症状の有無と内容が重要です。
「足が急に動かなくなる」などの、血栓が詰まったときにみられる症状は、診断の大きな助けになります。
これらの症状は、動物病院での身体検査で見つかることもありますが、自宅での様子の報告がヒントになることも多いです。

心エコー検査

心エコー検査は、その名のとおり心臓を調べる検査なので、「身体の血管に血栓が詰まった状態(=血栓症)かどうか?」を確認することはできません。
しかし、心エコー検査は、「血栓症を起こしてもおかしくないような心臓の状態なのか?」がわかるという点でとても重要です。
例として、心臓のサイズが大きい、血液が固まりそうな見え方をしている、心臓の中に血栓が見える、などの所見は、血栓症の診断の助けになります。

他の検査も大切

実際のところ、「心筋症による血栓症」だと確定させるのは簡単ではありません。
急に愛猫の足が動かなくなったとしても、神経や筋肉の病気のように、血栓症以外にも足の動きがおかしくなることはありますし、たとえ足の血管に血栓が詰まったことが確実だとしても、血液やホルモンの病気など、心筋症以外の理由でも血栓はできるからです。
こういった他の可能性まで丁寧に確認しようとすると、結果的に心臓以外の検査も必要になってきます。

血栓症の治療

血栓症の治療には、大きく分けて2つの方針があります。

  1. 血栓を作らせない、大きくさせない(予防)
  2. 血栓を溶かす、取り除く(治療)

しかし現実的には、予防がメインとなります。
血栓を溶かしたり取り除いたりする治療は、かえって状態を悪化させるリスクがあるからです。
実際、猫の心筋症のガイドラインでもそのように記載されています(出典)。

血栓を作らせない、大きくさせない治療

血栓症の治療のメインとなる、「血栓を作らせない、大きくさせない」方針に使われる主な薬を説明します。

具体的にいつからどのような治療を始めるのかはケースバイケースですが、猫の心筋症のガイドラインでは、ステージB2(心臓がかなり大きくなってきた段階)から予防薬を開始することがおすすめされています(出典)。
言い換えると、「血栓症のリスクが高くなってきたら、お薬を始めましょう」という感じです。

クロピドグレル

血液が固まるのに関わる、血小板の働きを抑える薬です。

血液が固まって出血を防ぐ仕組みはかなり複雑ですが、大まかには

  1. 血小板が出血部位に集まり、とりあえず穴をふさぐ
  2. ふさいだ部分を補強する

の2段階に分かれます。

クロピドグレルは血小板の働きを邪魔することで、この最初の段階を抑え、結果として血栓をできにくくします。
理論だけでなく、FATCAT studyという臨床試験で血栓をできにくくする効果が証明されており、猫の血栓症に対しては現在第一選択薬となっています(出典)。

血栓を作らせにくいということは、今度は出血したときに血が止まりにくいということも意味しますので、安全性が心配になる人もいるかもしれませんが、FATCAT studyでは、クロピドグレルを飲んだ猫たちにそのような副作用はみられませんでした。

追加情報として、この薬は、味がどうも猫に不評という弱点があります。
せっかくお薬を始めようとしても、実際には飲ませるのが難しいケースがあるのが難点です。

リバーロキサバン

血液が固まるのに関わる、血液凝固因子(けつえきぎょうこいんし)の働きを抑える薬です。

血小板が出血部位をふさいだ後、その部位が補強されて出血が止まりますが、この後半の補強に関わってくるのが血液凝固因子です。
リバーロキサバンはこの血液凝固因子の働きを邪魔することにより、血栓をできにくくします。
2019年発表の猫の心筋症のガイドラインでは軽く触れられている程度ですが(出典)、2024年にSUPERCAT studyという臨床試験の結果が発表され、クロピドグレルに負けないくらいの血栓予防効果があると報告されました(出典)。

出血の問題についてもクロピドグレルと同様で、SUPERCAT studyでは全26頭中の1頭で少し鼻血が出たくらいで、大半の猫に出血の問題はみられませんでした。

クロピドグレルの弱点である味の問題もなく、今後、使われる機会が増えていく可能性が高いお薬です。

低分子ヘパリン

低分子ヘパリンは、血液凝固因子の働きを抑える薬です。
という説明だけだと、上記のリバーロキサバンと同じに思えるかもしれません。
しかし、実は血液凝固因子は10数種類も存在し、低分子ヘパリンはリバーロキサバンとは別の凝固因子の働きを邪魔するので、厳密には違う仕組みで血栓を防ぎます。

ちなみに、動物病院では低分子ではない普通のヘパリンが、採血したあとの血液が固まらないようにするためによく用いられます。
低分子になると何が違うのかというと、主に、出血のリスクが低くなる、効いている時間が長くなる、などがあります。

飲み薬ではなく注射薬なので、自宅で使う機会は少なく、主に動物病院での治療に使われます。

痛みへの対処

血栓が詰まった直後で足に痛みを感じている場合は、鎮静薬や鎮痛薬を使用することもあります。

その他の治療法

ここまで説明した治療法がメインですが、それ以外のものについても軽く触れておきます。

アスピリン

人間でもおなじみの、熱を下げたり、痛みを和らげたりするのに使われるお薬です。
血液が固まるのに関わる血小板の働きを抑える働きもあるため、血栓症の治療で用いられることがあります。
クロピドグレルやリバーロキサバンが出る前はよく使われていましたが、血栓症を予防する効果はきちんと証明されておらず、使い方によっては副作用も出てくるので、猫の血栓症に対しては徐々に使われる機会が減ってきているお薬です。

血栓を溶かすお薬

モンテプラーゼ、ウロキナーゼなど、血管に詰まっている血栓を直接溶かすのに用いるお薬です。
とくにtPA(組織プラスミノーゲン活性化因子)というグループに属するモンテプラーゼは血栓を溶かす力が強いですが、急激に血栓を溶かすことで猫の状態が悪化するリスクがあること、費用が高額なことなどより、使用するにしても状況の見極めが重要になります。
猫の心筋症のガイドラインでも、「おすすめできない」となっています(出典)。

血栓を取り除く外科手術

手術で血管に詰まった血栓を取り除く方法です。
具体的には

  • 血管を切って、血栓を取り除く
  • 血管内に管(カテーテル)を入れて、血栓を取り除く

という方法があります。

うまくいけば直接的に血栓を取り除けますが、一方で手術であることのリスクや成功率の問題もあり、今のところは一般的な選択肢ではありません(出典1出典2)。

血栓塞栓症の猫に、飼い主ができること

愛猫の血栓塞栓症に対して、飼い主の立場でなにかできることはあるのか?

この問いに対しては、「あまり特別なことはなく、基本的には心筋症の猫に対する対応と同じ」になります。

残念ながら、血栓症は傍から見ると突然の発症なので、予測は困難です。
血栓が詰まってしまえば、病院での治療が中心なので、飼い主が頑張ったから予知できたり、治せたりするものでもありません。

いつもと同じように

  • 負担にならない範囲で様子をみておく
  • 定期的な検査や、必要に応じた治療を受ける
  • 急な様子の変化があったら、すぐに病院に相談

くらいをしていれば、飼い主としては十分なことをしていると考えてください。

まとめ

最後に結論をまとめると

  • 血栓症とは、血液のかたまりが血管に詰まる病気
  • 心臓病による血液の渋滞などで起こる
  • 症状は後ろ足の麻痺が多い
  • 心筋症の猫が血栓症になる確率は約10%
  • 生存期間は個体差が大きく、数日から数年まで幅がある
  • 診断は症状やエコーを中心にするが、幅広い検査が必要になることも
  • 治療より予防が主体。血液がかたまりにくくなる薬を使う
  • 飼い主的にはいつもどおりの生活を

となります。

この情報があなたと愛猫のお役に立ちますように。