猫の心筋症の治療によく使われるピモベンダンについて解説します。
結論
先にまとめから伝えると
- ピモベンダンは負担の少ない強心薬
- 心臓を強く動かす、血管を広げる働きがある
- 猫の心臓機能を高めたり、心筋症の進行を遅らせる目的でよく使われる
- ただし、有効性の根拠はあまりない
- ガイドラインでは心筋症が重度（ステージC）になってからの使用がおすすめされている
- 安全性はかなり高い
となります。
以下、順に説明します。
ピモベンダンとは
ピモベンダンは「負担の小さい強心薬（きょうしんやく）」です。
心臓に頑張ってもらい血液を多く送り出させるお薬で、犬の心臓弁の病気の治療薬として承認がとられていますが、猫の心筋症の治療にもよく処方されています。
ピモベンダンの名前について
そもそも難しい名前なのがいけないんですが、間違いがとても多いので先に伝えておきます。
この薬は
ピモベンダン（pimobendan）
です。
「ビモベンダン」でも「ピモペンタン」でも「ビモベンダン」でも「ピモペンダン」でもなくピモベンダンですのでご注意ください（ややこしい）。
ちなみに獣医療関係者はよく「ピモ」と略して呼びます。
ピモベンダンの製品
ピモベンダンは、現在主に以下の製品として販売されています。
- ベトメディン
- ピモベハート錠
- dsピモハート錠
あなたのかかりつけの動物病院でも、おそらく上記のどれかが使用されているでしょう。
基本は錠剤のお薬ですが、味のついたチュアブル、液体のお薬、注射薬などの形の製品もあります。
ピモベンダンのはたらき
ピモベンダンには
- 心臓を強く動かす
- 血管を広げる
の2つの効果があります。
ピモベンダンは心臓を強く動かさせる効果（強心作用）をもっています。
心臓は血液を送り出すポンプですから、強く動くことによって、血液がいつもより多く送り出されます。
また、ピモベンダンは血管を広げる効果もあります。
心臓からすれば血液を送り出す先が広がり、血液を押すのに必要な力が小さくなるので、負担が減るともいえます。
心筋症が進行すると、血液がうまく流れず渋滞が起こりますが、その渋滞をやわらげる効果もあります。
ピモベンダンの効果があらわれるしくみ
ここは難しいので省略します。
前提として
- 心臓の組織の解剖
- 心臓の筋肉の細胞内の構造
- 心臓の筋肉の細胞を包む膜と、その膜を流れる電気の仕組み
- 心臓の筋肉の細胞が縮む仕組み
あたりの理解が必要で大変なのに、その割にピモベンダンについての判断にそれほど役立たないため省略します。
それでも興味がある飼い主さん向けに、ものすごくざっくり説明すると
- 強心作用 → 心臓の筋肉の細胞が縮むときに使われるカルシウムイオンの働きを強くする
- 血管拡張作用 → 血管を広げる物質を分解する物質の邪魔をする
になります。
たぶんあんまり伝わらないと思いますが、すいません、僕の要約能力ではこれくらいが限界です。
難しくてもチャレンジしたい人は「ピモベンダン 作用機序」で検索するといろいろ出てきます。
ピモベンダンの使いみち
心筋症の猫に対して、ピモベンダンは
- 心臓の機能を強化する
- 心筋症の進行を遅らせる
ことを主な目的として使用します。
ただし、残念ながら、今のところ、上記の有効性の根拠は十分とはいえないレベルです。
実際の治療でよく使われているのは間違いないですが、まだ強い自信をもって有効だと言えるほどの根拠は示されていないというイメージです。
心臓の機能を強化する
ピモベンダンは心臓の動きを強くする強心薬というジャンルのお薬です。
猫に対しても、ピモベンダンを使ったら心臓の動きや機能が良くなったという報告がいくつかあります（文献1、文献2、文献3、文献4）。
なので期待が持てるお薬ではありますが、もうちょっと専門的に突っ込むと
- その機能強化の「程度」は十分か？
- 言い換えると、その機能強化によって、心筋症の猫が楽になったり、長生きしたりなどの望む結果につながるか？
というあたりについては、これらの研究だけから結論を出すことはできません。
心筋症の進行を遅らせる
心筋症の猫に対して、ピモベンダンが病気の進行を抑えられるかどうかを調べた研究も発表されています。
これだけをみると、「ピモベンダンを使わなきゃ！」と感じるかもしれません。
しかし、専門的なので詳細は省きますが、これらの研究はあまり強い根拠が得られない調べ方をしており、この結果だけで断定的なことは言えません。
むしろ、上記よりもしっかりと調べた別の研究では、
- 肥大型心筋症の猫にピモベンダンを使ったが、病気の進行を遅らせる効果はなかった（出典）
なんて結果も報告されています。
ピモベンダンのつかいみち まとめ
ということで、ピモベンダンは猫の心筋症に対して
- 心臓の機能を強化する
- 病気の進行を抑える
ことを期待してよく使われるお薬ではありますが、残念ながら、その有効性の根拠は微妙なのが現状です。
しかし、ピモベンダン以外に猫の心筋症に対してもっと良い効果が証明されたお薬があるのかと言えばそんなものもなく（血栓に関してならまだしも）、他の薬よりはまだいろいろ調べられているだけマシという見方もできます。
世界中の獣医さんが参考にしている、猫の心筋症のガイドラインにおいても、ピモベンダンは
- 使用を考慮（can be considered とか may be considered）
- 根拠のレベル: 低い（LOE(Level of Evidence): Low）
と表現されています（出典）。
「おすすめ！」というほどの根拠はないけれど、「使用を考えてみてもいいと思う」くらいの温度感でしょうか。
ピモベンダンを使う時期
ピモベンダンの使用時期を図にまとめるとこうなります。
ガイドラインではステージC、病気が重度まで進行してからの使用がおすすめされています（出典）。
ただし注意点として、このガイドラインの考え方が唯一の正解ではありません。
参考として知っておいて、個別の治療について疑問があるなら、まずはお薬を処方してくれた先生と相談されることをおすすめします。
ピモベンダンの与えかた
ピモベンダンの具体的な与えかたについて説明します。
使用量
猫に対するピモベンダンの用量はだいたい
- 0.25〜0.3 mg/kg 1日2回
くらいになっています。
言い換えると、「猫の体重1kgあたり0.25〜0.3mgのピモベンダンを1日2回与える」となります。
猫の大きさは犬ほど品種差がなく、だいたい体重3〜6kgくらいに収まりますので、1錠あたりに含まれるピモベンダンの量が1.25mg、2.5mgの錠剤を1錠か1/2錠で与えることが多いんじゃないかと思います。。
製品の形や種類
ピモベンダンは複数の製品があり、形や大きさも違ってきます。
飲ませやすさにも関わる要因なので、もしかかりつけの動物病院が複数の製品を扱っているのであれば、種類について相談してみても良いでしょう。
ピモベンダンは食前に与えるべきか
「ピモベンダンは食前に与えるべきですか？」と聞かれることもあります。
薬の説明書に「本剤は食餌のおおよそ1時間前に投与すること」と書いてある（出典）のが話の大本かと思いますが、結論としてはあまり気にしなくて良いと思います。
そもそも上記は犬でのお話なので、猫のときにどれだけ当てはまるのかは不明ですが、経験的にも理論的にもそんなシビアな条件下で飲ませないとダメなお薬ではありませんので、あまり気にしなくて良いと思います。
ピモベンダンの安全性
ピモベンダンは猫に対してかなり安全なお薬です。
ピモベンダンを猫に使用して安全性を調べた主な研究と結果を挙げると
のような感じで、総じて安全性は高いという結果になっています。
副作用の中身も、
- 元気がなくなるなどの様子の変化
- 食欲低下
- 吐き
などがメインで、重度なものはあまり報告されていません。
不整脈のリスクがあるとも言われているお薬ですが、使用量や投与法などの点でちょっと違った条件での報告ですので（出典1、出典2、出典3）、飼い主が自宅でお薬をあげるときにはあまり問題になるところではないと思います。
さらに専門的な話で、「心臓内の血液の通り道が狭くなるタイプの心筋症だとピモベンダンは良くないのでは？」という意見もありますが（理由は省略）、実際には大丈夫だったという報告も出ています（出典1、出典2、出典3）。
最後に、僕自身の診療経験を付け加えても、この薬を猫に処方して問題となったことは思い出せないくらいのレベルです。
以上をまとめると、猫に対するピモベンダンの安全性はかなり高いといえます。
何の副作用もないとまでは言いませんが、お薬は「リスクがゼロだから使う」ものではなく、「利点と欠点を比べて使うか判断する」ものですから、あなたの価値観もふまえて冷静に判断していただけたらと思います。
まとめ
最後にまとめると
- ピモベンダンは負担の少ない強心薬
- 心臓を強く動かす、血管を広げる働きがある
- 猫の心臓機能を高めたり、心筋症の進行を遅らせる目的でよく使われる
- ただし、有効性の根拠はあまりない
- ガイドラインでは心筋症が重度（ステージC）になってからの使用がおすすめされている
- 安全性はかなり高い
となります。
犬の心臓病で承認されているお薬なので、猫だとどうしても情報は少なくなってしまいますが、この記事があなたの安心や納得の助けになれば幸いです。