犬の僧帽弁閉鎖不全症とコエンザイムQ10

僧帽弁閉鎖不全症の犬に対するコエンザイムQ10についてです。
「効くんですか?」「与えたほうが良いですか?」とよく聞かれるので解説しました。

結論

先に結論を伝えます。

  • 犬の僧帽弁閉鎖不全症へのコエンザイムQ10の効果は微妙
  • 愛犬に与えるかは価値観次第

以上です。

ここからは、なぜ上記の回答になるのか理解できるように順を追って説明します。
長くなるので、しっかり理解したい方のみお読みください。

コエンザイムQ10とは

まず、コエンザイムQ10の基礎を説明します。

名前の由来

コエンザイムQ10(Coenzyme Q10)は、正式にはユビキノン(ubiquinone)という化学物質です。
ちなみにコエンザイムは

  • Co 補
  • Enzyme 酵素

ということで補酵素と訳されます。

コエンザイムQ10は別名が多くあり、補酵素Q10でもユビキノンでもビタミンQと書かれていても、だいたい同じものを指していると思ってください。

では補酵素とは何なのかというと、酵素(体内のいろいろな化学反応を助けているタンパク質)の働きを助ける物質です。
酵素を助けるから補酵素、字のまんまですね。

酵素と補酵素の関係

「補酵素の意味は分かったけど、Q10は何?」と次なる疑問が出るかもしれませんが、ここは説明に化学式が出てきて難しい上に本題とはあまり関係ないのでスルーします。
(難しくても知りたい方には「キノンの炭素鎖の長さが10」という一言と、コエンザイムQ10のWikipediaの説明のリンクをお知らせしておきます)

コエンザイムQ10のはたらき

コエンザイムQ10は、生き物がエネルギーを作るのに必要な成分です。
細胞中のミトコンドリアというところでエネルギーが作られていますが、ここでコエンザイムQ10が使われます。

心臓の筋肉の細胞も同じで、このコエンザイムQ10の助けを借りてエネルギーを作っています。
心臓は常に動いていてエネルギーを大量に消費する臓器なので、細胞の中のミトコンドリアも多くなっており、コエンザイムQ10の必要性が高い場所と言えるかもしれません。

注意点として、エネルギーを作るためにはコエンザイムQ10以外にも多くの物質の助けが必要です。
「コエンザイムQ10がエネルギーを作るのに必要」でも、「コエンザイムQ10だけあればエネルギーが作れる」とはならないことには気をつけてください。

コエンザイムQ10の補給源

コエンザイムQ10は主に

  • 体内で合成する
  • 食事として摂取する

という方法で補給されます。

食材としては、主に肉や魚、豆類に多く含まれています。

コエンザイムQ10が心臓に良いと言われる理由

コエンザイムQ10が心臓に良いと言われる理由を調べてみると

  • コエンザイムQ10は心臓に必要
  • コエンザイムQ10が無いと、エネルギーを作れないので心臓病になる
  • 炎症や酸化を抑えて心臓を守る効果もある
  • 心臓病になると体内の量が減ってしまう
  • だからサプリメントとして補充しましょう!

といった話が出てきます(「コエンザイムQ10 心臓」の検索結果)。

今では多くのサプリメントが販売されています。

コエンザイムQ10は僧帽弁閉鎖不全症の犬に良い効果があるのか?

それでは本題の

コエンザイムQ10は僧帽弁閉鎖不全症の犬に良い効果があるのか?

という話に入りますが、結論としては微妙です。
今のところ、「飲ませるべきです!」とおすすめするほどの根拠は見当たりません。

とはいえ大切なのは結論よりも考え方ですので、そちらを丁寧に説明します。

前提

そもそも、「●●が効くかをどうやって判定するのか?」については

  • ちゃんとした臨床試験の結果があるかが重要
  • その他の情報は参考程度

が前提になります。

ちゃんと話すと長くなるので、ここでは概要を説明します。

ちゃんとした試験の結果がある

コエンザイムQ10が僧帽弁閉鎖不全症の犬に効くかどうかを知りたいなら

  • 僧帽弁閉鎖不全症の犬をたくさん集める
  • コエンザイムQ10を飲ませるグループと、飲ませないグループの2つに分ける
  • グループの間で、心臓病による死亡、病気の進行の速さ、症状の重さなどを比べる

という試験が必要です。

試験の大まかなイメージ

ここで、「コエンザイムQ10を飲ませたグループのほうが良い結果になった!」となれば、信頼度の高い根拠となります。

その他は参考程度の情報

それ以外の情報になると、根拠としては弱くなっていきます。

たとえば

  • 長生きや症状の改善ではなく、検査数値が良くなったという結果
  • 僧帽弁閉鎖不全症ではない犬、犬以外の生き物(マウスや人間)、細胞を使って得られた結果
  • 与えた結果ではなく、「心臓に必要な成分だから(与えたら良い効果があると思う)!」という理論
  • 「効きました!」という体験談
  • 獣医さんや有名人などによるおすすめ

などの情報は、参考にはなるかもしれませんが、信頼度の高い根拠にはなりません。

この前提を踏まえて、コエンザイムQ10の効果を考えます。

僧帽弁閉鎖不全症の犬に対するコエンザイムQ10の効果を調べた報告

僧帽弁閉鎖不全症の犬に対するコエンザイムQ10の効果を調べた報告をいくつか紹介します。

報告その1

「重度の僧帽弁閉鎖不全症の犬にコエンザイムQ10を与えたところ、心臓が収縮する機能が改善した」という報告です(出典)。

具体的には、心エコー検査のFSとEFという、大ざっぱにいうと「心臓がどれくらい縮んだか」の目安となる項目の数値が増加し、心臓の収縮機能が改善したと書かれています。

コエンザイムQ10に期待が持てそうな報告ですが、個人的には「この報告から心臓に良いという結論は出せない」と思います。

理由をざっくりまとめると

  • 心エコー検査のFSとEFという項目は、健康な犬ならともかく、僧帽弁閉鎖不全症では心臓の収縮機能の目安として使えない。(理由は専門的になるので省略)
  • それよりも重要な心エコーの項目(たとえば左心房や左心室の大きさ)は改善が見られていない
  • 他にもツッコミどころがいろいろと…

となります。

調べて報告してくれたことはありがたいんですが、この報告をもって「コエンザイムQ10が僧帽弁膜不全症の犬の心臓に良い」というのは苦しいでしょう。

報告その2

「中程度から重度の僧帽弁閉鎖不全症のキャバリアにコエンザイムQ10を与えたところ、心臓の検査結果や症状は変わらなかった」という報告です(出典)。

「コエンザイムQ10を与えたら血液中の濃度が上がった」というある意味当たり前の結果は出たものの、それ以外には、心エコーや血液検査の結果や症状に改善は見られませんでした。

論文の著者は「キャバリアが19頭と少なかったり、飲ませた期間が3週間と短かったから、効果が検出できなかったのかも」と書いており、確かにその可能性はありますが、少なくともこの研究の条件ではコエンザイムQ10は無効という結果でした。

報告その3

「中程度から重度の僧帽弁閉鎖不全症の犬にコエンザイムQ10を与えたところ、炎症が改善した」という報告です(出典)。

具体的には、僧帽弁膜不全症の犬たちにコエンザイムQ10を3ヶ月与え、炎症や酸化に関わるいろいろな血液検査の項目がどう変化したかを調べています。
その結果、白血球というグループに含まれる好中球やリンパ球の数に変化があったため、「炎症が改善した」と報告されています。

「炎症が改善」という解釈への疑問もありますが、それはさておき、この研究では、心エコー検査や、心臓バイオマーカーと呼ばれる心臓の状態に関わる血液検査の項目も調べています。
こちらのほうが「僧帽弁閉鎖不全症の犬にコエンザイムQ10は良い効果があるのか?」という質問に対しては重要な項目ですが、とくに改善はありませんでした。

報告のまとめ

以上の報告をまとめると

  • 僧帽弁閉鎖不全症の犬へのコエンザイムQ10の良い効果をきちんと証明できた研究はない
  • むしろ効果がなかったという結果がある

になります。

さらに言えば、これらの研究で犬に与えられたコエンザイムQ10の量は、市販のサプリメントの推奨量の数倍〜数十倍です。
これほど大量のコエンザイムQ10を与えても効果が出ないのに、飼い主さんが普通にサプリメントを与えたときの効果は…という感じです。

その他

結論はすでに出しましたが、その他のコエンザイムQ10関係の話題についても触れておきます。

犬が僧帽弁閉鎖不全症になるとコエンザイムQ10が減る?

これに関しては、「減るとは言えない」が答えになります。

  • いろんな心臓病(僧帽弁閉鎖不全症含む)が進行しても変わらない。むしろ場合によっては増えている(出典
  • 重度になると減った(ただし中程度では増えている)(出典

くらいの報告しかなく、コエンザイムQ10が減るといえるほどの証拠はありません。

コエンザイムQ10が減ると心臓病になる?

コエンザイムQ10は心臓に必要な物質ですから、足りなくなれば心臓に異常が起こるでしょう。

ただし、それが確かだとしても

  • 普通の生活ではコエンザイムQ10が足りなくなり心臓病になる
  • コエンザイムQ10をサプリメントで補充すれば、心臓病にならない
  • コエンザイムQ10をサプリメントで補充すれば、心臓病が改善する

とは全く別の話になりますので、混同しないように注意が必要です。

たとえば、水分は人間が生きるのに必要な物質ですし、足りなくなれば全身に異常が起こるでしょう。
しかし、普通の生活をしていて、そこまでの水分不足になるでしょうか?
普段から点滴をして水分を補えば病気にはならないでしょうか?
病気になっても水分を補えば改善するでしょうか?
という話に近いかなと思います。

コエンザイムQ10の安全性

「効くかどうか」は誰もが気になるかと思いますが、同時に安全性も大切です。
メリットがあっても、それを上回るデメリットがあったらダメですよね。

では、コエンザイムQ10の安全性はどうなのかというと、かなり安全そうです。

ビーグル犬に、市販のサプリメントの推奨量の数百倍以上のコエンザイムQ10を半年以上与えても、特に害はなかったという報告があります(出典)。

ちなみに、人間でも、下痢や吐きなどの可能性があるものの安全性は高いと考えられています(出典)。
コエンザイムQ10については、副作用をあまり心配しなくても良いでしょう。

コエンザイムQ10は飲ませるべき?

あれこれ話してきましたが、本題の「僧帽弁閉鎖不全症の犬にコエンザイムQ10は飲ませるべきなのか?」について回答します。

あなたの価値観次第です。

投げやりに聞こえるかもしれませんが、万人に当てはまる正解はありませんので、こうなります。

ここまで説明してきた

  • 効果は証明されていない
  • 安全性は高い

を踏まえ、あとはサプリメントを飲ませる手間や時間や費用も考慮に入れた上で

  • 少しでも有益な可能性があるなら試してみたい!
  • あまり根拠がないなら使いたくない
  • 自分の精神安定剤として飲ませたい

など、あなたの価値観をもとに決めてみてはいかがでしょうか。

いち獣医師としては、良い効果の証拠がないので、診察でおすすめしたことはありません。
ただ安全性は高そうなので、飲ませている人を止めたこともありません。

まとめ

最後に結論を繰り返しますと

  • 犬の僧帽弁閉鎖不全症へのコエンザイムQ10の効果は微妙
  • 愛犬に与えるかは価値観次第

となります。
あなたの判断の参考になれば幸いです。